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吉山博吉

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吉山博吉氏(1911年~2007年)を偲ぶ
元日立製作所相談役・日立ファウンデーションの吉山プログラムのベネファクター

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「私は1987年に日立製作所会長を退任するにあたり、企業経営者の私に
様々な教訓を授けてれた米国に感謝を示すために、アメリカの人々のために
何か役立つことをしたいと思い、未来を担う青少年の育成に
寄与しようと考えました。」

2007年は、アメリカの青少年の育成を目的とする貴重な基金が、吉山博吉氏より寄贈されてから20周年を迎えます。1980年代半ば、当時日立製作所の会長であった吉山氏は、当時の社長・三田勝茂氏と元米国司法長官エリオット・リチャードソン氏と共に、北米に日立ファウンデーションを設立しました。

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(吉山賞受賞昼食会でエリオット・リチャードソン氏と歓談する吉山博吉氏)

吉山氏は、1987年に日立製作所の会長を退任するにあたり、現代社会の深刻な問題への取り組みに、青少年リーダーの積極的な参加を奨励することを約束しました。吉山氏の卓越した洞察力、献身的な貢献、そして寛大な寄付によって、日立ファウンデーションの 『模範的なコミュニティ奉仕活動に対する吉山賞』 が、1987年に設立されました。賞の設立以来、約200人の青少年がこの『吉山賞』を受賞しています。同賞は受賞者が、社会にプラスの影響を与え意義ある人生を歩むためのモチベーションを与えてきました。

吉山氏は1935年に日立製作所に入社しました。そして日立は吉山氏が社長を務めていた1971年から10年間で真のグローバル企業としての地位を確立しました。1970年代初め、米国の金融政策の大幅な転換と第一次オイルショックの影響で、それまで急成長を遂げていた日本経済は低迷を余儀なくされました。同時に日本は、経済発展に伴う環境問題の国内における取り組みと、新規市場の開拓の必要性が高まりつつありました。

日立は、海外事業の確立と騒音・有害汚染物質排出量ゼロを目標に掲げ、吉山氏の巧みな指導力でこの混乱期を見事に乗り切りました。その過程で、日立の研究開発部門は最新の汚染防止システムを開発し、日立は環境問題の調査研究と一般市民への啓蒙を目的とする独立した非営利の財団「日立環境財団(旧称:(財)環境調査センター)」を設立しました。

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(バーバラ・ブッシュ大統領夫人に迎えられた1989年度吉山賞受賞者、吉山博吉夫妻、エリオット・リチャードソン氏)

吉山氏は、日立の創業精神である、「和」、「誠」、「開拓者精神」で、国際舞台への進出を成功に導きました。また、環境問題には創意工夫を持って取り組み、海外で展開する事業を現地に根づかせるよう努力しました。米国で日立は、アメリカの労働者や投資家を確保する一方で、社会貢献活動を通じて地域社会の向上に寄与しています。

吉山氏は87歳を迎えた1998年に健康上の理由で旅行を制限されるまで、みずから『吉山賞』を授与するため、毎年のようにアメリカを訪れました。後年は、受賞者への祝辞が吉山氏から送られました。これまで吉山氏は多くの人々に影響を与えてきました。その影響はいつまでも残り続けることでしょう。